では、なぜ嘘は強く(広く)信じられてしまうのでしょうか?
それは、現実社会が、冷たくつまらないものであるからだと私は考えています。
人はそれぞれに何かに楽しみを見いだし、つまらない日常を時々リセットしているように見えます。漫画を読み耽る人もいれば、行ってみたかった場所に旅に出かける人もいるでしょう。アミューズメントパークに行く人や大量の宝くじを買う人もいます。もちろん何かに楽しみを見いだしている全ての人たちの目的が日常のリセットであるなどというつもりはありません。
私は、いわゆる堅苦しい人間なので、そういう人たちの存在に触れるたびに、なぜ楽しさを非日常に求めるのだろう、日常がつまらないのならなぜその日常を楽しいものにしようとしないのだろうと、ある種の冷ややかな感情を彼らに向けていました。しかし、私自身がそのような非日常に強く惹かれることは相変わらずないものの、社会が私の想像を遥かに超えて冷たくつまらないものであることがわかってくるにつれ、非日常に強く惹かれる人たちの気持ちがわかるようになりました。
非日常に惹かれる事がフェイクに惹かれる事と同じだというのは随分と乱暴な物言いだと思います。しかし、非日常に惹かれる事とフェイクを信じてしまう事には共通する感情的な要因があるのような気がします。それは、冷たくつまらない現実社会を忌み嫌う種類の感情です。
私たち、少なくとも私を取り巻いている現実はとても冷たくつまらないものです。利害やお金の匂いのしない人助けや優しさに出会うことはほとんどありません。人を裏切らずに生きていても、人に裏切られる事はしばしばです。やるべきこともやらない、取るべき責任も取らない人達が大手を振ってそこらじゅうを歩き回っています。何もかもがチグハグで、なんでもありのやった者勝ちの社会のようにすら見えます。そして、今のところ、そのなんでもありの社会がまともさを取り戻す兆しは感じられません。つまらない日々の終わりが全く見えないのです。そんな現実を生きていると、心の中に苛立ちのようなものが溜まっていきます。だからこそ人はそんなやり場のない苛立ちを忘れるために非日常を求め、チグハグであるがゆえに偽物を本物として、つまりフェイクをファクトとして自分の中に取り込んでしまうのだろう私は考えています。
では、冷たくつまらない現実をそうでないものに変えられるのでしょうか?
フェイクニュース③ ~冷たくつまらない現実は変えられないのか~、に続きます。
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こんにちは。
Wall Egg and Seeds というサイト名は、ある日本の作家が海外で行ったスピーチで「Wall(壁)」と「Egg(卵)」という言葉を用いて強大な権力と弱者との関係を表現をしたことをヒントにして、それらの言葉と「Seeds(種)」を組み合わせたものです。
私にとって、「壁」は民主主義を無視する強大な権力です。「卵」は民主主義の名のもとに民主主義を勝ち取り、守ろうとする個人です。
多くの人たちは「壁」にぶつかったところで「卵」は割れるばかりで「壁」はびくともしないと感じていて、「壁」の側に立つ人たちが多く存在する一方で、「卵」の側に立とうとする人はどんどん減っているように見えます。このままでは、本当の民主主義は、実現するどころか、ただの理想論としてどこかに追いやられてしまうような気がしてなりません。
多くの大人たちが民主主義について口をつぐむようになってしまったた今、一人でも多くの人たちが民主主義の大切さについて考え、その実現のための一歩を踏み出すきっかけの一つとなることを期待して、「Wall Egg and Seeds」を開設しました。つたない文章ですが、よろしくお願いします。
「Wall Egg and Seeds」が公平な社会の実現の「種」になることを祈って。
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Hello,
The name of this site, Wall Egg and Seeds, was inspired by a speech that a Japanese writer gave abroad in which he used the words “Wall” and “Egg” to describe the relationship between the powerful and the weak, and I combined these words with “Seeds”.
For me, the “wall” is the mighty power that denies democracy. The “egg” is the individual who tries to win and protect democracy in the name of democracy.
Most people feel that when “egg” hit the “wall,” she or he just breaks and the “wall” doesn’t take damage , and while there are many people who stand on the side of the “wall,” the number of people who try to stand on the side of the “egg” seems to be seriously decreasing. If this situation continues, I cannot help but feel that true democracy, far from being realized, but will be relegated somewhere as mere idealism.
Now that many adults have become silent about democracy, I have started “Wall Egg and Seeds” in the hope that it will be an opportunity for as many people as possible to think about the importance of democracy and take a step towards realizing it. I am not very good at writing, but thank you for reading.
May “Wall Egg and Seeds” be a “seed” for the realization of a fair world!

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