近頃、政治家達が答弁の拒否や筋違いの答えを繰り返すなど、議会でまともに答えない場面を繰り返し目にします。そして、残念ながら、そのような不誠実なもしくは資格に欠ける政治家達が繰り返し選挙に出馬し選ばれ続けています。
では、なぜ、質問にまともに答えない政治家はダメなのでしょうか?
私たちの暮らす日本では、私たちが従うべきルール、つまり法律は、政治家達の話し合いによって決まります。そして、それらの法律は、特定の業界や企業に属する人達が「得」をするために作られるのではなく、幅広い多くの国民・市民の苦しみの軽減や希望の実現を目的として作られなければならないものです。
そうである場合、質問にまともに答えない人は政治家にふさわしいのでしょうか?
答えは「ノー」です。
当たり前のことですが、話し合いによって物事を決める場合、その話し合いに参加する人の読解力(この場合、質問の大切なポイントを把握する力)は必要不可欠です。
例えば、質問者からの「はい」か「いいえ」で答えてくださいという形での質問に、「はい」か「いいえ」で答えないことや「はいかいいえでは答えられない」ことを明言しないこと、質問者が「聞きたいこと」が明らかであるにもかかわらずその「聞きたいこと」とは関係のない答えを繰り返すことは、話し合いの場で必要とされる読解力の不足を示しています。直接話をしている相手の聞きたい事すらくみ取れないのであれば、直接言葉を交わすことのない多くの国民や市民の希望や苦しみをくみ取ることなどできるわけがありません。であるならば、読解力が不足している人は、政治家としての役割を果たすことはできません。
さらに、誠実さという点においても、そのような返答をする態度には大きな問題があります。「はい」か「いいえ」で答えてくださいと聞かれた場合、「はい」か「いいえ」で答えることが質問者に対する最低限のマナーです。「はい」か「いいえ」で答えられないのであれば、少なくとも「はいかいいえで答えることはできない」ことを明言し、答えられない理由を問われた際には、その理由をわかりやすく説明し、話し合いを前に進めなければなりません。
質問の大切なポイント(質問者が最も聞きたいこと)とは関係のない返答をする場合も同様です。読解力に欠けていることについては先に述べた通りですが、質問の大切なポイントがわかっているにも関わらず話をはぐらかすのは、明らかに誠実さを欠く行為です。考え方が異なる人達が話し合い、それらの話し合いによって社会のルールを決める場が議会なのですから、その場にいる人たちは読解力と誠実さを持ち合わせていなければなりません。
これらの点を踏まえると「質問にまともに答えない」という行為は、政治家にとって必要な読解力や誠実さ持ち合わせていない明確な証です。
つまり、質問にまともに答えない人は代議士、つまり政治家であってはならないのです。
民主主義は公平な話し合いによってのみ成立します。まともな質疑応答をしない人は民主主義を理解していませんし、であるならば、彼らに民主主義を実現することなど決してできないのです。
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次の記事は、”「対案を出せ」のおかしさ”です。
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こんにちは。
Wall Egg and Seeds というサイト名は、ある日本の作家が海外で行ったスピーチで「Wall(壁)」と「Egg(卵)」という言葉を用いて強大な権力と弱者との関係を表現をしたことをヒントにして、それらの言葉と「Seeds(種)」を組み合わせたものです。
私にとって、「壁」は民主主義を無視する強大な権力です。「卵」は民主主義の名のもとに民主主義を勝ち取り、守ろうとする個人です。
多くの人たちは「壁」にぶつかったところで「卵」は割れるばかりで「壁」はびくともしないと感じていて、「壁」の側に立つ人たちが多く存在する一方で、「卵」の側に立とうとする人はどんどん減っているように見えます。このままでは、本当の民主主義は、実現するどころか、ただの理想論としてどこかに追いやられてしまうような気がしてなりません。
多くの大人たちが民主主義について口をつぐむようになってしまったた今、一人でも多くの人たちが民主主義の大切さについて考え、その実現のための一歩を踏み出すきっかけの一つとなることを期待して、「Wall Egg and Seeds」を開設しました。つたない文章ですが、よろしくお願いします。
「Wall Egg and Seeds」が公平な社会の実現の「種」になることを祈って。
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Hello,
The name of this site, Wall Egg and Seeds, was inspired by a speech that a Japanese writer gave abroad in which he used the words “Wall” and “Egg” to describe the relationship between the powerful and the weak, and I combined these words with “Seeds”.
For me, the “wall” is the mighty power that denies democracy. The “egg” is the individual who tries to win and protect democracy in the name of democracy.
Most people feel that when “egg” hit the “wall,” she or he just breaks and the “wall” doesn’t take damage , and while there are many people who stand on the side of the “wall,” the number of people who try to stand on the side of the “egg” seems to be seriously decreasing. If this situation continues, I cannot help but feel that true democracy, far from being realized, but will be relegated somewhere as mere idealism.
Now that many adults have become silent about democracy, I have started “Wall Egg and Seeds” in the hope that it will be an opportunity for as many people as possible to think about the importance of democracy and take a step towards realizing it. I am not very good at writing, but thank you for reading.
May “Wall Egg and Seeds” be a “seed” for the realization of a fair world!

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