「生かさず殺さず」とは、「相手を完全に支配下に置き、苦しみを与え続ける」という意味の言葉で、江戸時代の農民に対する統制政策を表す言葉としても使われます。農民を支配下に置き、反乱や抵抗を起こさせないように、生活水準をギリギリに保つ政策です。
「貧すれば鈍する」とは、貧困によって、心身ともに余裕がなくなり、物事を深く考えたり、新しいことに挑戦したりする気力がなくなる状態を指す言葉です。生活が苦しいと、他人を蹴落としてでも自分が助かろうとしたり、小さな利益に執着したりするようになると言う意味でも使われます。
日本で暮らしてきた人たちの多くが、悪い意味で、これらの言葉を身近に感じるのではないでしょうか。というのも、ここ数十年、日本の政治は、「生かさず殺さず」という政策を強力に推し進め、多くの市民を「貧すれば鈍する」状態に追いやり続けているからです。
話をわかりやすくするために具体例を一つ挙げます。それは原子力発電に対する日本の世論の変化です。
2011年3月11日、地震による津波で被害を受けた原子力発電所が大事故を起こします。この事故によって多数の被害者が出たことで、それまで無関心だった多くの国民が一斉に原子力発電に反対する意思を示します。しかし、十数年の時が流れ、原発に反対する人の数は減少しています。
では、原発は危険なもので、一度事故が起これば多数の犠牲者が生まれ、事故の後始末に膨大なコストが必要になる事が明らかになったにも関わらず、反対する人の数が減ったのは何故でしょう。
主な理由は家計における電気代の負担の増大です。では、その負担増大の原因は何でしょう。それは、日本政府の悪政です。
次回に続きます。
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最後まで目を通してくださってありがとうございます。
次の日本語記事は、”日本政治の本質、「生かさず殺さず」と「貧すれば鈍する」②
”です。
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こんにちは。
Wall Egg and Seeds というサイト名は、ある日本の作家が海外で行ったスピーチで「Wall(壁)」と「Egg(卵)」という言葉を用いて強大な権力と弱者との関係を表現をしたことをヒントにして、それらの言葉と「Seeds(種)」を組み合わせたものです。
私にとって、「壁」は民主主義を無視する強大な権力です。「卵」は民主主義の名のもとに民主主義を勝ち取り、守ろうとする個人です。
多くの人たちは「壁」にぶつかったところで「卵」は割れるばかりで「壁」はびくともしないと感じていて、「壁」の側に立つ人たちが多く存在する一方で、「卵」の側に立とうとする人はどんどん減っているように見えます。このままでは、本当の民主主義は、実現するどころか、ただの理想論としてどこかに追いやられてしまうような気がしてなりません。
多くの大人たちが民主主義について口をつぐむようになってしまったた今、一人でも多くの人たちが民主主義の大切さについて考え、その実現のための一歩を踏み出すきっかけの一つとなることを期待して、「Wall Egg and Seeds」を開設しました。つたない文章ですが、よろしくお願いします。
「Wall Egg and Seeds」が公平な社会の実現の「種」になることを祈って。
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Hello,
The name of this site, Wall Egg and Seeds, was inspired by a speech that a Japanese writer gave abroad in which he used the words “Wall” and “Egg” to describe the relationship between the powerful and the weak, and I combined these words with “Seeds”.
For me, the “wall” is the mighty power that denies democracy. The “egg” is the individual who tries to win and protect democracy in the name of democracy.
Most people feel that when “egg” hit the “wall,” she or he just breaks and the “wall” doesn’t take damage , and while there are many people who stand on the side of the “wall,” the number of people who try to stand on the side of the “egg” seems to be seriously decreasing. If this situation continues, I cannot help but feel that true democracy, far from being realized, but will be relegated somewhere as mere idealism.
Now that many adults have become silent about democracy, I have started “Wall Egg and Seeds” in the hope that it will be an opportunity for as many people as possible to think about the importance of democracy and take a step towards realizing it. I am not very good at writing, but thank you for reading.
May “Wall Egg and Seeds” be a “seed” for the realization of a fair world!

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