給付金か減税か

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現在、重税や失政による物価高を含む様々な理由によって多くの国民の生活が困窮していることで、給付金や減税といった政策が大きな注目を集めています。

私は、同じ金額が給付金もしくは減税に割り当てられる場合、多くの政治家が国民生活の困窮を顧みない現在の政治状況においては、減税一択だと考えます。

というのは、減税は、強制的に徴収される自分のお金の一部が徴収されることなく手元に残ることを意味します。つまり、より多くの自分のお金が手元に残り、そのお金の使い方を、他人ではなく自分自身が決められるということだからです。

一方で、給付金(補助金、助成金)の場合、その使い方の大部分は政治家によって決められます。いつ、誰に、どれだけの給付をどのような方法で行うかは、政治家によって決められます。給付金に使われるお金が税金などの「国民が負担するお金」つまり自分たちが負担するお金であるにもかかわらずです。さらに、その方法が何らかの中抜きをともなうものである場合(多くの場合何らかの中抜きが行われていると考えられる)でも、私たちはその方法を受け入れるしかない上に、手元にやってくる給付は減税に比べて目減りします。実際の数値を用いて考察してみましょう。

100人に対する給付金もしくは減税に充てられる金額が100万円であるとします。
(*行政手続きのコストはどちらの場合にも発生するのでここでは考慮しません。)

(減税の場合)
100人に対して100万円の減税を行う場合、純粋に一人当たり1万円が割り当てられます。

100万円             → 100万円/100人(一人1万円)

(給付金の場合)
100人に対して中抜きを通じて100万円の給付を行う場合、一人当たりに割り当てら金額が減少します。

               −10万円   →    90万円/100人(一人9千円)**
100万円     → (中抜き)
               −50万円   →    50万円/100人(一人5千円)**

**中抜きが行われた場合でも手元に渡る給付を1人当たり1万円にする場合、100万円という予算を増やすことになり、さらにひどい場合にはそれに乗じて中抜き金額も増やされるなど、給付金の主導権を握る側のやりたい放題になり、実際に手元に届く給付に対する私達国民の負担は増える一方になります。中抜き業者が与党政治家と献金などによって癒着している場合には、それは道徳的に見れば汚職以外の何物でもありません。

上記のように考察すると、給付金は中抜きを含む様々な場面で選り好みができるという意味でも政治家にとって非常に旨みのあるシステムである一方で、減税はその旨みを政治家に与えないシステムということになります。

簡単にまとめると、減税はお金を取られない、給付金は戻ってくるかどうかわからないお金を負担させられ、戻ってきたとしても途中でどこかの誰かにそのお金の一部をかすめ取られて全額は返ってこない可能性が高いということです。

苦しい生活を送りながら政治家の選り好みを許す給付金に様々な形で振り回されて更に不快な生活を強いられるくらいなら、減税によって自分の判断で使い方を決めることができる自分のお金をより多く手元に残したいと考えるのは、政治不信が蔓延している現状においては、至極当たり前の考え方でしょう。

示される数値は同じでもそこには様々な思惑や欺瞞が含まれることがあるので、決して数値だけに囚われることなく、それらの背景にも目を向けてまともな社会を作っていきましょう。

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最後まで目を通してくださってありがとうございます。

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